教育から始める『地方創生』
日本の人口減少を食い止め、東京圏への一極集中を是正すべく2014年に始まった政府の“地方創生”政策。
やっと様々な事業が軌道に乗り始めたときに世界はコロナ禍に見舞われてしまいます。
このわずかな数年で日本は、世界は大きく変わっていくことを余儀なくされました。
我々教育の現場に立つ人間も実に大きな変化の場にさらされ、様々な苦しい経験をしてきました。
この“変革の荒波”を乗り越え、第二の故郷であるこの石川町に恩返しをしたい。我々の正直な思いです。
我々は地方創生と教育は相即不離、切っても切れない関係であると確信しています。
『教育から始める地方創生』、この目標を実現すべく、「てらこや石川町」を起ち上げることを決意しました。
令和の寺子屋、「てらこや石川町」
江戸時代の日本を支えた素晴らしい教育システム、寺子屋。
江戸時代末期の江戸府内の成人男性の識字率は70%以上と言われています。同時代のロンドンが20%、パリでは10%未満だったと言われていますから寺子屋の果たした役割は非常に大きなものだったと言えるでしょう。
平和な世にあって経済活動が活発化した江戸時代の日本では、庶民の誰しもが我が家を守り、発展させねばなりませんでした。そのためには我が子を一人前の大人に成育させ、立派な後継ぎにする必要があります。何よりまずは我が子に基本的な読み書き算数を習得させたい。子を持つ親たちの教育熱は時を経るごとに高まり、結果として日本中に寺子屋を次々に誕生させました。その数は江戸時代末期には全国に1万~小さなものも合わせれば6万以上もあったとさえ言われています。
その教育の質はかなり高いもので、就学の義務のなかった時代に授業料を支払ってまで我が子に文字文化を習得させたいという親の熱意は非常に強く、寺子屋を学習環境として自ずと成熟させていきました。教育全般を国が管轄する近現代の学校と比べても遜色ないものだったと言われています。子どもを一人前の大人にするための教育システムとして、十二分に機能していたのです。先述の当時としては破格であった高い識字率も、この寺子屋の普及があったればこそと言って差し支え無いでしょう。
我々は、この寺子屋のような地域に根ざした高度な教育の場を作りたいと思って活動しています。この教育の場はやがて地域の交流の中心となり、文部科学省も全国の大学や地方自治体等と協働して提唱している、「学びによる地域課題解決の推進」へと寄与できることでしょう。学びを通じて高齢者の方々の地域活動への参画を促せば、生涯教育の実現とともに、全世代の誰しもが輝いて生きていける素晴らしい石川町を作り上げることができるでしょう。これが私たちの目指す『教育から始める地方創生』の姿です。
教育格差の是正とICT教育の限界
コロナ禍の拡大によって注目を集めることになったICT教育。これは地域間の教育格差を埋めるという意味合いでも非常に意味のあることで、我々もオンライン授業の配信を多くの現場で行ってきました。
しかしながらリアルの授業とオンライン授業を、同じ生徒さんたちに実施して痛感させられたことがあります。それは、教育というものは人と人とが顔を付き合わせてこそ意味のあるものになり得る、ということです。
もちろん首都圏や大都市で行われている、質の高い授業を移動することなく世界中の誰でも受講できるのは素晴らしいことです。しかし画面越しでは講師の熱量、生徒さんたちの空気感はお互いに決して感じることはできません。講師は一般的な参考書に載っているような無難極まりない内容の発信に終始してしまいます。生徒さんたちは生徒さんたちで叱られないレベルで授業に“参加”し、無難に“こなしている”に過ぎません。それぞれの真剣さは、どうしてもリアルの授業に大きく劣ってしまうものです。
教育は結局魂のぶつかり合い。人間の心は・魂は、インターネットには決して乗らないものなのです。オンライン授業は活用しつつも中心はリアル授業。これが最高のかたちなのではないでしょうか。